はじめまして
ふくだたくまです。
函館在住・事務の人。
座右の銘は「怠惰を求めて勤勉に行きつく」。
現職
株式会社ヒトココチ 取締役
社会活動
一般社団法人ワールズ・ミート・ジャパン 社員(芸術祭事務局)
一般社団法人みかん箱 社員(事務局長)
ふくだたくまです。
函館在住・事務の人。
座右の銘は「怠惰を求めて勤勉に行きつく」。
株式会社ヒトココチ 取締役
一般社団法人ワールズ・ミート・ジャパン 社員(芸術祭事務局)
一般社団法人みかん箱 社員(事務局長)
自営業(雑貨屋)の家に育つ。
当時は付け(掛売り)の客が多く、締日には伝票の仕分けと請求書配りを低学年の頃から手伝わされた。
両親の不在時は頻繁に店番に立たされた。
当時のレジは手打ち。値札のない商品が多く、最後は値段を適当に決めて売っていたことも。
歳末に運送業者から父が受託した小口配達の手伝いを受注。
稼いだカネでシャープのワープロ「書院」を購入。
商業科の教室に交じってタイピングを習得。
翌年も同様の業務を受注し、書院を使って独自様式の請求書を月締めで父に手交。
ある日帰宅すると店が重機に破壊されていた。その日実家がコンビニになることを初めて知った。
開店後は機械音痴の父に代わり、深夜0時過ぎにPOSレジを操作して締め作業をする毎日。
受験期は教師を志すも学力が足りず、推薦で進学することを決意。
地方の利点を活かして内申点を上げ、小論文のない面接のみの教育大学を選び、当時の魔法の言葉「ボランティア」経験をふんだんに盛って進学。
4年間は真面目の仮面を捨て、好きに生きることを決意しサークル活動に加入。
活動に伴う様々な手続に没頭。
3年次の教育実習で「俺は話を聞いてくれる子どもに話をするのが好きなだけで、教育は話を聞いてくれない子どもに話をするのが仕事だ」と知って大いに挫折。
4年次を前に1年間休学するための手続を行った。
休学の前半は京都の祖父母の家に住み込んでアルバイト。稼いだカネでマッキントッシュ パフォーマ 588を購入。
パフォーマ 588の「クラリスワークス 2.0」で文書やデータベースの作成を始めた。
休学の後半はバンクーバーでホームステイ。語学留学のはずが、肝心の授業は午前中で終わるという。
英語が身に付かないまま口座を開設するために銀行へ。窓口のお姉さんが何を言っているのか全く分からず、ただ途方に暮れた。
フードコートでろくに注文すらできない英語力から、最後は大陸横断鉄道に3日間乗ってナイアガラの滝を見に行くまでに至った。
帰国後はそのまま社会に出るのが恐ろしくて大学院に行くことに。
解散したサークルの後継となるバンドを結成することに。どっこいカンパニー、はにかみ座といった候補を退け、「ひのき屋」と命名。
学割を使ってアドビ「イラストレーター 8.0」を購入。練習を兼ねてひのき屋のロゴマークを作成。
ひのき屋では会計を担当。月の売上額から各人の固定収入(仕送りなど)を控除して分配するという謎の「給与指数」なるものを編み出し、資本主義とも社会主義とも異なる妙な概念を開発。
研究は迷走。現実逃避のため深夜に指導教官の研究室を訪れては本棚づくりを手伝うなど(この様子は柊あおいの漫画『ねこもーそー』にあるとかないとか)。
指導教官の影響で自宅にもVHS・8mmデッキを複数台置いて、教育番組、授業や教材になりそうな映像資料を毎日録画、分類する日々。
子ども自身が調査や取材を行なう授業を「調べ方学習」ととらえて複数の学会で発表するも鳴かず飛ばず。
鳴かず飛ばずだが、知らん大学の教授や学生と知らん場所に飲みに行き、泥酔する中競歩で対決するなどコミュ力を磨いた。
自分のやりたいことが見つからないという悩みを別の大学の先輩に打ち明けたところ、「結局人間は『放っておいてもやること』しかやらない」とアドバイスを受けた。そのとき自分は事務手続きしかやっていないことを悟った。
教師になると信じて育てた息子が太鼓を叩いて暮らすらしいと知り、悲観にくれる母。あまりに不憫だったので「合資会社ひのき屋」を設立し「会社役員になりました」と伝えたところ、「そういうことじゃねえ」と叱られた。
『小さな会社の総務労務経理』(記憶があいまい、おそらくナツメ社?)をもとに会社実務を習得。日商簿記3級受検のための本を買い、独学で経理事務を進めた。
会社でiMacを購入。当時出たてのISDN回線をいち早く導入。早々に独自ドメイン(hinokiya.com)を取得し自力でホームページを開設。
ひのき屋「アメリカ・カリフォルニアツアー」を実施。スタンフォード大学の連中が手配した愉快な旅を満喫。このときデジタルカメラ、カシオ「QV-10」を投入。
ひのき屋「クロアチアツアー」を実施。「ザグレブ民俗芸術祭」に出演。ガラス絵の巨匠、イワン・ラツコビッチ・クロアタ氏と面会。
帰国後、市内で氏の作品の展示会『ザグレブ・クリエイティブ・ワークス』展を開催。展示会のために訪れた駐日クロアチア共和国大使夫妻を中古のトヨタ・赤いスターレットに乗せて市長表敬訪問のため市役所に行ったなど。
このあたりで演奏技術に行き詰まりを感じたので事務職へ転向。
オーストラリア・アデレードの音楽イベント「ウォーマデレイド」を視察。その際に函館市企画部の補助金に関する申請および報告書等を作成。ここから国や地方公共団体、独立行政法人に対する書類作成人生が始まった。
ザグレブ民俗芸術祭の経験をもとに「はこだて国際民俗芸術祭」の立ち上げを行った。やったこともないフェスティバルをさも「できる」ように見せるため元町公園の夜景などをNIKON D80で撮影し、プレゼンのための資料を作成。関係者の説得にあたった。台湾、韓国、ブルガリア、インドネシア、ニウエからアーティストが来日。インターネットと電子メールの力が大きかった。
器用貧乏が祟って自分が何者か分からなくなり資格の取得に明け暮れる。それを「自分探し」と思っていたが、やっているうちに「自分などないのだ」と悟るに至った。自分のやりたいことは特にないが、誰かの面白いアイディアがアイディアのまま止まっているのが許せないのだ。
会社が放課後児童クラブの運営をすることになり、その事務を任された。
放課後児童クラブの運営から派生したニーズを事業化するため、複数年伴走型の補助金・助成金を取得。組織のコンプライアンス・ガバナンスの向上に本腰を入れて取り組んだ。
Google Workspace 非営利団体無償プログラム、Slack、クラウド会計、SaaSを取り入れて、組織のDXに取り組んだ。
いつかは自社ビルをと口にしていたら、それが本当になる日が来た。ビルの取得にあたり、不動産売買契約書の作成ほか必要な事務を手がけた。資金調達に必要な事務も行った。
大学時代に誰も見向きもしなかった「子どもの居場所」がようやく脚光を浴びることになったので、「みかん箱」を通じて理論の整理や実践に取り組むことになった。事務も手探りだったが、数年がかりでようやく形や課題が見えてきた。
1993年3月:北海道根室高等学校普通科 卒業
1993年4月:北海道教育大学教育学部函館校 入学
1998年3月:北海道教育大学教育学部函館校中学校課程社会科 卒業
1998年4月:北海道教育大学大学院教育学研究科 入学
2000年3月:北海道教育大学大学院教育学研究科学校教育専修 修了
1998年4月:音楽団体ひのき屋加入(実演家)
2000年4月:合資会社ひのき屋設立(設立時有限責任社員)
2003年8月:音楽団体ひのき屋脱退
2007年2月:合資会社ひのき屋を株式会社ヒトココチに組織変更して設立(設立時取締役)
2007年8月:はこだて国際民俗芸術祭組織委員会設立(会員)
2010年2月:はこだて国際民俗芸術祭組織委員会の事務を引き継ぎ一般社団法人WMDF設立(設立時社員・芸術祭事務局)
2012年9月:一般社団法人WMDFをワールズ・ミート・ジャパンに名称変更
2022年10月:一般社団法人みかん箱設立(設立時社員)
2000年3月:北海道教育大学大学院修士号(教育学)
2000年3月:高等学校教諭専修免許状(公民)
2000年3月:中学校教諭専修免許状(社会)
2007年春期:初級システムアドミニストレーター資格
2010年:行政書士資格
2017年2月:放課後児童支援員資格
2022年6月:甲種防火管理者資格
2022年11月:普通救命講習修了
仕事
将棋(振り飛車党)
合気道
「あなたの強みはどこからくるのか」“Strengths Finder” (Gallup Inc. 2008)
調和性(同意点を求めます)
内省(頭脳活動を好みます)
最上志向(優秀であること)
収集心(知りたがり屋です)
コミュニケーション(説明すること、進行役を務めること、書くことが好きです)